アニッシュのゲーム解説のご紹介
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クラムニック対アロニアン(チューリッヒ・チェス・チャレンジ)
図1 黒番 クラムニック - アロニアン
先月末にスイスのチューリッヒにてレイティング2800を超える二人の親善試合が行われました。
親善試合といっても賞金のかかったマッチであり、お互いに真剣勝負のレベルが高い内容でした。
これをアニッシュ・ギリが
公式サイト
で
解説
しています。日本語で読める現GMの解説は大変貴重。
チェス教室の生徒はもちろん、日本のチェスファンの方々にぜひご覧になっていただきたいと思っています。
その中でも特に興味深い場面です。図1は第1局、白のクラムニックが 16.Nd5 とクイーンに当てた
ところです。
実はここまでグニーナ - ムジチュック戦とまったく同じです。
先日行われたヨーロッパ女子選手権の最終ラウンドで、白番グニーナが勝ち、劇的優勝につなげた試合でした。
欧州女子選手権最終局 ムジチュック(左)とグニーナ(右)
New In Chessマガジンに、彼女の自戦記が掲載されていますが、その中で彼女は Nd5 を次のように解説しています。
『16.Nd5! 好手。この挿入手を、黒番アンナが見落としたのだと思う。』
しかし、同じ手をアニッシュは次のように分析しています。
『悪手。まだ Gunina-Muzychuk をなぞっている。(16. cxd7 Rxd7 17. Qe2 のほうが安全だった。)
白は少し悪いけれど、dファイルでルークを変えてしまえば、事はより単純になっていた。』
同じ手にまったく正反対の評価
同じ手に対して、一方は好手。一方は悪手、まったく正反対の評価です。
どうしてこんなことが起こったのでしょうか?? ちなみにグニーナは 2511の強豪です。
図2 白番 クラムニック - アロニアン
クラムニックもアロニアンも、このゲームを知らなかったはずはありません。そのゲームをなぞった両者ですが、
図1で黒番アロニアンが放った新手がこの問題に決着をつけました。
16...Qe6!
(ムジチュックの手は 16...Qd6 であり、大事なゲームを落としました。) その後、
17.cxd7 Rxd7 (図2)
・・・となって、アニッシュの解説は、
『ここでは白はトラブルに陥っている。Bb7-d5 が避けられず、黒の戦略的プラスが確保されている。』でした。
「パパ、クイーンを貼ればよかったのに」
愛娘の指導を受ける局後のクラムニック
つまり、図2の局面を黒のやや優勢だと正確に評価できるかどうか、それが分かれ目だったのです。
(フランスのGMペレチエも、マッチの公式サイトで黒やや優勢と解説していました。) 自分の頭で考えたアロニアンが勝ち、実戦を鵜呑みにしたクラムニックの負けでした。
アニッシュはあっさり書いていますが、図2は、非常に判断が難しい所です。事実、筆者にはよく分かりません。訳を担当した山田弘平は図2に対して以下の補足をつけています。
【白には明確な主張がないのに対して、黒は d5 を攻めるという目標がある。
中盤で浮いた e3 ルークの働きがぼやけていることにも注目すべきだろう。】(【 】は訳者の補足です。)
このような局面では、コンピューターの解析がそのまま通用しません。棋譜情報をチェックし、
自分なりの評価を加えて実戦で試すのがプロの世界。
それでも、このように評価が分かれることも少なくない。そうした事例に出会うと、あらためてチェスの奥深さ、そして
アニッシュの解説
のレベルを再認識した気がしましたが、いかがでしょうか?
マッチの結果
マッチの結果は互いに1勝1敗4ドローの引分けと、あまり面白くないものでしたが、このレベルのプレーヤーが
何のタイトルもかけずにマッチを行い、インターネットで解説付きの中継をしたのは例がないそうです。
また、ゲームの内容はとても楽しめましたし、短手数でドローのときは観客のためだけにラピッドを行うことになっていました。
(実際4ラウンドに行い、アロニアンが勝ち観客を楽しませましたが、マッチの戦績には入りませんでした。) その意味でもチューリッヒ・チャレンジの「挑戦」は成功したと言えるのではないでしょうか。
<文責:山田明弘>