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一番の勝負どころ
Yamada,Kohei (2093) - Van Foreest,Jorden (2153)
15th Unive Open (7), 20.10.2011
このラウンドが今大会一番の勝負どころです。5R、6Rと良い内容で1.5Pを取って白番で上位者と当たります。
その相手は、5Rで対戦したVan Foreest, Lucas君のお兄ちゃん、12歳のVan Foreest, Jorden(ファン・フォレースト・ヨルデン)君です。第2回のレポートで紹介したように、オランダU12の(そしてU14でも!)ランキングトップです。彼のHPによると世界の小学生(12歳以下)の中でも、上から数えると12番目なのだとか!
以前はIM Willemze(IMヴィレムゼ:僕が1ラウンドで対戦したIMすなわちインターナショナル・マスター)に教わっていたようですが、現在のトレーナーはGM Ernst, Sipkeとのこと。
写真は大会公式ページより。チェスも強いですが、青い瞳が印象的なイケメンです。 …もちろん右の方がですよ?
この大会では1ラウンドでIM Van Kampen, Robin(ファン・カンペン,ロビン 2529: この大会の準優勝者)、2ラウンドでIM Sachdev, Tania(サクデフ,タニア:インドの女子では最も期待されている選手の一人です)とそれぞれ引き分けており、レーティング以上の強敵です。勝負のラウンドを戦うのに、これ以上の相手はいません。
ペアリングが決まってからこの対戦は非常に楽しみで、当日念入りに準備をした後、少し寄り道しながら会場入りして気持ちを落ち着けます。
1.d4
前のラウンドは序盤の準備が上手くはまったように感じていましたが、彼は対策しづらい相手でした。豊富なレパートリーを持ち、どちらかというと相手をみて指す手を選ぶタイプという印象を受けました。また僕は彼の弟と対戦しているわけですから、僕の情報はある程度知られていると思ってもよさそうです。
1...d5 2.c4 c6 3.Nf3 Nf6 4.Nc3 e6 5.Bg5 dxc4!?
これがやや意外な選択でした。Lucas君と同じように5.Be7だと考えていたからです。ですが、過去にこの手を指していたのは調べているので、驚くには当たりません。
6.e4 b5 7.e5 h6 8.Bh4 g5 9.Nxg5 hxg5 10.Bxg5 Nbd7 11.exf6 Bb7 12.g3 c5 13.d5 Qb6 14.Bg2 0–0–0 15.0–0 b4

図1 Yamada-Van Foreest,J 白番 15...b4まで
知らない人にとっては難しい手が続くかもしれませんが、全て定跡手順です。定跡研究が好きな人にとっては白黒どちらをもっても武器になるラインだと思います。
16.Na4
ここでは 16.Rb1 という手もかなりの人気があります。一例は 16...Qa6 17.dxe6 Bxg2 18.e7 Bxf1 19.Qd5 となり、本譜の順と比べてどちらがいいのかは非常に難しい所ですが、僕は準備してきたとおりにNa4を指します。
チェスプレイヤーの密かな楽しみ
16...Qb5 17.a3
どちらもここまでほぼノータイムで指していましたが、この手をみて相手が考え始めます。どうも感想戦の口ぶりからすると、16.Rb1 の方をメインに用意してきていたようです。一方僕の方はプレパレーションから外れるには、まだ大分先がありそうでした。
17...Ne5!?
Jorden君の作戦家らしいところがでた選択です。彼は過去にここで 17...exd5 と指していました。僕の予定はその後 18.axb4 cxb4 19.Bf4 と ギリ vs. スメーツ戦のように進めるつもりでした(アニッシュの日本語版HPに日本語でゲーム解説があります)。
おそらく彼は、僕がノータイムで指してくるのをみて早めにメインラインを外そうと試みたようです。それは半分正解で、僕は彼の指した Ne5 ラインをそれほど詳しく調べていたわけではありませんでした。
僕は記憶を掘り起こし、幸い時間をかけずにあるゲームを思い出しました。
18.axb4 cxb4 19.Qd4 Nc6 20.Nb6+!?

図2 Yamada-Van Foreest,J 黒番 20.Nb6+まで
この定跡は数ある定跡の中でも、特に激しく人気のある定跡として知られています。そのため、このゲームにはギャラリーが沢山いました。その場で考えた手ではありませんが、たくさんのギャラリーの前でピースをただ捨てするのはチェスプレイヤーの密かな楽しみのひとつ(?)です。
実はここではおどろくべきことに 20.dxc6!? という手も成立します。20...Rxd4 21.cxb7+ Kb8 22.Be3 e5 23.Rfe1 Bd6 24.Rec1 のような感じで、駒損ながら指せなくはない、といった感じの形勢でしょう。
20...axb6 21.dxc6 Bxc6
いくら天才少年といえど
20手目のナイト捨てが効いていて、ここではクイーンを取ることは出来ません。21...Rxd4? 22.cxb7+ Kc7 23.Ra8 Bd6 24.Rxh8 Kd7 25.Rc8 となってこれは白勝ちです。
22.Bxc6 Qxc6 23.Qg4 Bc5 24.Ra7!

図3 Yamada-Van Foreest,J 黒番 24.Ra7まで
黒のキングを一段目に縛り付けて、弱点であるf7のポーンを狙います。ここまで僕は1手平均30秒くらいで指していたので、持ち時間は減っていませんでした。一方相手はこのあたりまでで20分ほど消費しており、さらにここから大長考に入ります。局面そのものはイコールだと僕は思いますが、実戦で初めてこの局面を見て正確な手を指すのは、いくら天才少年といえど難しいのではないかと考えていました。
24...c3?
30分近い大長考の後、彼が選んだのはパスポーンを作っての攻め合いでした。この手はほとんど考えていませんでしたが、直感的に悪手だと思いました。
僕が17手目で思い出していたのは2010年、やはりオランダで行われたWijk aan Zee(ヴァイカンゼー)のトーナメントで指されたカールセン vs. スメーツのゲームでした。そのゲームは、24...Rd7 25.Rxd7 Kxd7 26.h4 Kc7 27.h5 と進み、最終的にカールセンの勝ちになりました。
僕はこのゲームを 26.h4 まで思い出していたのですが、試合中 26...Kc7 の後にどう指すのかわからず会場を歩き回りながらその後の展開を考えていました。僕とJorden君が共に読んでいたのは 26...Kc7 のあと 27.Bf4+ Kb7 28.Qg7?! という手でした。Jorden君はこれで自信がないと言っていましたが、これは 28...Qe8 と戻れば何もありません。
いずれにせよ、黒はf7のポーンを簡単に手放すべきではありませんでした。このおかげでe6のポーンが弱くなってしまうためです。これが後に効いてきます。
25.bxc3 bxc3 26.Rxf7! 当然取る一手です! 26...c2 27.h4!

図4 Yamada-Van Foreest,J 黒番 27.h4!まで
基本的なアイディア
この手もこの定跡では基本的なアイディアです。Rxh2 というサクリファイスを消しつつ、後でh ポーンを伸ばしてパスポーンとして使っていきます。さらに h2 にキングの逃げ道ができたのも大きなポイントでしょう。
27.Ra1?? は次に 28.Qxe6! Qxe6 29.Ra8# というメイトを狙っていますが、27...Bxf2+! 28.Kxf2 Rxh2+ 29.Ke3 Qc3+ 30.Kf4 Qd4+ 31.Kf3 Rf2# となって逆に自分がメイトになってしまいます。
試合中一瞬考えたのは a6 でのチェックと c2 ポーン取りの両方を狙った 27.Qe2? ですが、これは黒の狙いにはまります。27...Rd1!

変化図1 analysis diagram 白番 27...Rd1!まで
これが黒の狙いのタクティクスです。Qa6+ はまだメイトにならないのがポイントです。28.Qxc2 ( 28.h4 も考えられるところでしょうが、勝つのは難しいでしょう 28...Rhd8 29.Qa6+ Kb8 30.Bf4+ Bd6 31.Bxd6+ R1xd6 32.Qa7+ Kc8 33.Qa6+ Kb8(互角);まちがって 28.Rxd1?? と取ってしまうと突然負けになります Bxf2+!! 29.Kxf2 Rxh2+ 30.Ke3 Rxe2+ 31.Kxe2 Qg2+ 32.Ke3 cxd1Q これでメイトが避けられません!) 28...Rxf1+ 29.Kxf1 Rxh2 となり、これはもうイコールでしょう。
27...b5?!

図5 Yamada-Van Foreest,J 白番 27...b5!?まで
これも面白い一手です。前述の Qg4-e2-a6 という筋をじっと消して機を待ちます。
27...Rd4 とすぐに指すほうがベターだったようです。28.Qe2 b5 29.Rg7! で白がよさそうですが、正直なところ試合中はこの順にあまり自信をもってはいませんでした。
局後Jorden君、Thomas君(トーマス君:レポート1の写真の子です)と検討したのは、27...Ba3!? という手です。以下 28.Ra1 ( 28.Bc1?! には 28...Rd1! 29.Rxd1 cxd1Q+ 30.Qxd1 Bxd1 31.Qe2 白やや良し [Jorden]だそうです。が、実は28.Bf4!で簡単に白の勝ちだったのでした。3人とも 28...Bd6 と戻れない《e6が落ちる》ことに気が付かなかったのです…) 28...Rhe8 この受けを発見したのはThomas君だったと思います。しばらくの間、良い手が見えず頭をひねっていたのですが、若き二人はほどなく正解を発見しました。29.Ra7!
28.Rc1?
ここで長考し安全に指そうとルークを回りましたが、これはこの定跡の精神に反します。厳しく 28.Bf4! と追求して簡単に白勝ちでした。28...Rhf8 29.Rc7+ Qxc7 30.Bxc7 Kxc7 31.Qe4(白勝勢)今考えるとなぜ気づかなかったのか全くわかりませんが…、これが実戦の怖さというところでしょうか。
28...Rd4!
黒は決め手を指される前にカウンターに転じるしかありません。28...Ba3?? は29.Rxc2! Qxc2 30.Qxe6+ Kb8 31.Qb6+ Ka8 32.Qa7# です。
クイーンとれたよね?
29.Qe2 Rhd8?
残念なことにこの手が致命的な敗着になってしまいました。ここは先に 29...Rc4 とポーンを守る手が絶対で、その手には 30.Kh2! という手を用意してはいたのですが、勝ちにするにはまだいくつも山が会ったはずです。
30.Qxc2!+- Rc4
おそらく彼もここにきて何か間違えたことを悟ったことでしょう。僕が最初恐れていたのは30...Rd1+!? というただ捨てですが、これは冷静にやれば受けきりです。31.Rxd1 Bxf2+ 32.Kh2! Qxc2 33.Rc1(白勝勢)
31.Qe2!

図6 Yamada-Van Foreest,J 黒番 31.Qe2! まで
想像ですが、この手がJorden君の見落とした手でしょう。遠くg5のビショップが c1 のルークにひもをつけています。
31...Rxc1+ 32.Bxc1 Bd4 33.Bg5 b4 34.Re7! e5
35.f7 b3 36.Re8
ピースを交換してパスポーンを落とせばもう難しい所はありません。ですが、実は 36.Qd3!! という地味な手が b3 取りと Qf5+ を見てもっとも速い勝ちでした。
36...Rxe8 37.fxe8Q+ Qxe8 38.Qc4+ Kd7 39.Qxb3
局後Jorden君の元コーチのKnolさんに呼び止められました。
「クイーンとれたよね?」
難しくも楽しいゲーム
なんと、39.Qb5+! で黒のクイーンがとれていたのです。パスポーンさえ取れれば、と安心しきっていたのが原因だったわけですが、どんなときでも最善の手を探す努力はしなければいけませんね、反省です。
39...Qa8 40.Qf7+ Kd6 41.Be7+ 1–0

図7 Yamada-Van Foreest,J 黒リザイン 31.Be7+ まで
いずれにせよ白の勝ちには変わりありません。41...Kc6 には Qf3+ があるので、黒はクイーン交換を受け入れるしかありません。Jorden君はここでリザインしました。
こうして楽しみにしていた一戦は、難しくも楽しいゲームになりました。そこに勝ちという結果もついてきたので、試合が終わった後は幸せな気分でした。次のラウンドはまたしてもオランダ期待の若手、Meurs, Tom(モイルス,トム)に黒番でした。
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いつか日本でも
前回からチェスの話が続いたので、会場の話もしておきましょう。

試合前の会場。勝ち続けると左のほうはマスターがひしめきあう上位ボードです。
Openは一階の大ホールで行われます。試合は午後2時開始なのですが、早い人は12時頃に会場入りし食堂で昼食をとったりしています。若い人達は仲間うちでBlitzをやることも。僕も試合前にNikky Lawsに声をかけられて3局ほどBlitzを指したりしていた日がありました。
大抵のプレイヤーは試合開始15分ほど前に会場入りしてきます。ほとんどのトッププレイヤーはギリギリに来るのですが、リスト1のTiviakovはかなり早く会場入りしコーヒーを飲んでいました。

会場の掲示板には新聞記事の切り抜きと、大会の経過が貼り出されます。
海外の大会は規模が大きいので、会場があれば良いというものでもありません。車での送迎やHPの更新、棋譜の入力とアップデート(今大会は次の日には大体の棋譜がインターネットにアップされていました!)などなど、様々な人達の協力で開催されています。今大会でもスポンサーにはホテルやタクシー会社、街のデパートなどが名を連ねていました。いつか日本でもチェスがメジャーになって、こういったFIDEトーナメントが開けたらいいですね!
美しいフィニッシュを発見
ところで、このラウンドで印象に残っていることがもう一つあります。それは僕達の対局の隣で指されていたKnol, Geon(2137)-Beerdsen, Thomas(2019)のゲームです。27手目から始まる白のタクティクスに注目してください。
Knol,G (2137) - Beerdsen,T (2019)
15th Unive Open Hoogeveen NED (7), 20.10.2011
1. e4 c5 2. Nc3 a6 3. g3 d6 4. Bg2 Nc6 5. d3 g6 6. f4 Bg7 7. Be3 Nf6 8. h3 Rb8
9. Nge2 Qc7 10. O-O O-O 11. Qd2 b5 12. Rae1 b4 13. Nd1 Bb7 14. g4 Nd7 15. c3
bxc3 16. bxc3 Nb6 17. h4 Qd7 18. Nf2 Ba8 19. g5 Na4 20. Bh3 Qc7 21. Nd1 f5 22.
exf5 gxf5 23. d4 Na5 24. d5 Nc4 25. Qc2 Nab2 26. Bxf5 Nxd1 27. Bxh7+ Kh8 28.
Qg6

図8 Knol,G-Beerdsen,T 黒番 28.Qg6まで
28...Ndxe3?! [結果的に言えば駒得よりも生き残ることを優先すべきでした。28...e6 29.Qh5 Bh6!!=が最善でしょう。]
29. Qh5 Rf6? [これが敗着ですが、正しいディフェンスを探すのはマスターでも難しいかもしれません。29...Ng4! 30.Bd3+ Nh6 31.Bxc4 白良し]
30. gxf6 exf6 [ここから華麗なタクティクスが始まります。]
31. Bf5+ Kg8 32. Be6+ Kf8 33. Qh7 Bxd5 [33...Re8には34.f5! という手があって白の勝ちには変わりありません。さて、この時僕のゲームは僕が 26.h4 と指し、Jorden君が長考しているところでした。僕は隣でこのゲームを見ていて美しいフィニッシュを発見しましたが、みなさんにも見えましたか?
なんと黒キングはメイトになってしまいます! でも、どこで?]

図9 Knol,G-Beerdsen,T 白番 33...Bxd5? まで
ベストゲーム賞
34. Qg8+ Ke7 35. Qxg7+ Kxe6 36. Nd4+ [僕が読んでいたのは以下のメイトです。36.f5+ Ke5 37.Qg3+ Ke4 38.Nc1! Be6 39.Qg2+! Ke5 40.Nd3# パズルのようなメイトです!] 36... cxd4 37. f5+ Ke5 38. Qg3+ Ke4 39. Qf4+ Kd3 40. Qxd4+ Kc2 41. Re2+ Nd2 [黒キングはついに c2 の地点で力尽きました。] 42. Qxd2# 1-0
僕のゲームとこのゲームが並んでいたこともあり、このラウンドの下ボードでは、僕達のテーブルが一番観客を集めていました。そしてこの美しいゲームはこの大会のベストゲーム賞を受賞しました!
(PGN形式の
オープン
と
クラウン
の各グループ棋譜がここからダウンロードできます。特に上のゲームの棋譜が欲しい方は
ここ
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