TDの視点からの大会報告
山田 明弘
<得難い経験>
全日本女子選手権という伝統と格式ある全国レベルの大会で、今回
トーナメント・ディレクター(TD)を務めることができ、光栄に思います。
これは得難い経験でした。また、現場に来てみて分かることが多くあり、勉強になりました。
そこで、忘れてしまわないうちに、この場をお借りし、TDの視点からの大会報告をさせていただきたいと思います。
大会終了後、私がどんな仕事をしたのか、何に気を遣ったのかを振り返ってみました。
① 最善のプレー環境を整える。
② 誤りがないように努力し、見守る。
③ 情報を公開する。不公平がないように配慮する。
<① 最善のプレー環境を整える>
運営には、外部との応対、大会の宣伝、付加価値を付けるなど、
様々な仕事があります。しかし、まず最善のプレー環境を整える。これが一番か二番の仕事でしょう。
それに向かってイニシアティブをとるのがTDだと思います。
実は、その点、私は選手に対して申し訳ない気持ちでいっぱいです。
会場は狭い、クーラーが弱くて暑い、椅子で音がなる、すぐ近くに電車が通る、・・・。
さらに別室で検討や雑談ができない。これは大きなマイナスでした。
結論から言えば、あの場所で「選手権」は無理です。
会場費をケチるという発想があるとしたら、この場合はまちがいだと思います。
費用対効果は重要でしょうが、何を重要視するのかが問われていて、
この場合に最も大切なのはプレー環境だからです。
(函館なら3,000円の参加費で全部をまかなえる大会でした)
The Law Of Chess
「アービターは良いプレー環境を維持し、プレーの邪魔になるものを排除する義務がある。」(13条3項)
<② 誤りがないように努力し、見守る>
次に、誤りがないように努力し、見守ることです。これが運営上で一番重要かもしれません。
ペアリングにスイス・パーフェクト(SP)を使うことを最初に導入したのは函館です。
ただし、コンピューターを使えば大丈夫だと考えているなら足元をすくわれます。
冷や汗が出た経験もあります。結局、ミスを防ぐには手間を惜しまず複数の人間によるチェックしかありません。
それにパソコンの限界もあります。
<スイス・マネージャーを使用>
当日ペアリングについて鋭い質問をされた方がいらっしゃいました。
SPはアルゴリズム非公開で、疑問も残るソフトですが、私はFIDE公認の
スイス・マネージャー
(SM)を使用し、
JCAにも強く推奨しています。このソフトが全国大会でペアリングに使われたのは初めてです。
TDはプレーヤーから質問されたことにきちんと説明する義務がありますけれども、
SMを使用している限りは、自分のミスがない限り安心して説明できます。
(大会報告の
エクセル・ファイル
もわずか5分で作成できました!) 対局カルテは必要ありません。
SMの作者、Herzog氏から当日メッセージをいただきました。
大会の成功を祈るという主旨と、最終ラウンドは参加人数が少数なのでペアリングがおかしくなるだろうと。
予想してはいましたが、私はラウンド数を減らす決断を避けました。コンピューターにも限界があるということです。
ただし、他にミスがなかったはずです。ミスがなくて当たり前。
でも実際にそうなるには多くの仕事が待っています。その点では、補助してくださった本田さん、
金城さんのおかげだと思っています。
<審判にはルール・ブックよりも責任の自覚が必要>
また、これまで徹底していなかったと思われる点は、アービター(審判)です。
審判は、最悪の場合を想定して、とくかく会場にいなければいけません。
特にプレーヤーの持ち時間が切迫しているときには必ずクロックの見える位置に立って近くで見守ります。
プレーヤーが規則を守らない場合にはきちんと注意します。当たり前ですが、今まで行われてきたのでしょうか。
審判にはルール・ブックよりも責任の自覚が必要だと思います。
<1ゲームの時間が少ない>
早くスムーズに進めたいが、大熱戦を期待したい、これは運営する側の矛盾する本音です。
今回は1ゲームの時間が少ないことに驚きました。プレーに介入できるのはプレーヤー2人と審判だけですが、
審判は通常できるだけ介入を避けます。しかし、フィッシャー式は試合が永久に続く怖れがあり、
その場合に運営上大きな支障を招きます。まさか、審判が途中で割って入るとか、ドローだとか言える訳もありません。
そこで「
審判裁定
」を導入したのは函館、すなわち私です。
しかし、ルールにない「審判裁定」がなされるのは最悪の場合と知るべきです。
The Law Of Chess
「アービターは Law Of Chess で示された場合以外に試合に介入してはならない。」(13条6項)
今回は持ち時間に対してのゲーム時間が短すぎました。
1ゲーム3時間だったのですが、60分+1手30秒累加なら、60手で1人90分、2人で3時間。
つまり、予定の3時間では60手を超えたらパンクします。(幸運にも今回審判裁定のケースがありませんでしたが、)少なくとも4時間は欲しいところです。
<③ 情報を公開する。不公平がないように配慮する。>
情報公開を公開する。不公平がないように配慮することも大切な点です。
当日はクロステーブルと、4,5ラウンドの順位を紙に書いて掲示させていただきましたが、
SMだと大会情報のすべてがネット上にボタンひとつでアップされますから、どの時間、
どの場所でも大会の様子をネットで知ることができます。
タイブレーク
も事前に提示しました。それらがないと、プレーヤーとして現在のゲームをドローでいいのか無理に勝ちに行くか、
例えばそんな判断ができません。事前提示が「JCAの大会では初めてで、良かった」
などとプレーヤーに言わせているようでは、怠慢と言われても仕方がないと私は思います。
参加者も事前に予約エントリーとするべきでした。(私は参加者を当日の朝知りました。)
お楽しみ大会、函館の大会ならアリでしょうが、全国レベルの大会に当日参加など、他の競技では考えられません。
参加者が誰かという情報もきちんと管理すべきです。それが特定の人に漏れるなら不公平を疑われるでしょう。
第一、運営する方も何人来るか分からないのでは、準備のしようがありません。
<棋譜公開をやるなら徹底してやるべき>
棋譜の公開については人数がいなければ不可能ですし、運営上絶対に必要という訳ではありません。
とはいえ、棋譜公開は当たり前になりつつありますし、遠くはなれたチェス・ファンには大変うれしいサービスです。
やる必要はないでしょうが、やるなら徹底してやるべきで、
中途半端だと特定の人だけがプレパレーションをやりやすくなり、明らかに不公平でしょう。
もしも「棋譜はJCAの財産」という考え方があるなら、それは何かが変です。
ひとまずここで報告を終わります。今年の女子選手権プレーヤーの皆様には普段とちがい、
ときに不愉快な思いもされたかと思いますが、積極的にご協力をいただき感謝しております。
また、私の申し出を快く許諾された渡井美代子さんと、会場で優しくしてくださった本田さん、
アービターの金城康弘さんに感謝します。
大会の格を考える
<大会名称に「チェス」を入れてほしい>
以上が技術的な点ですが、今回TDをやってみて大会中に考えていたことがあります。それは大会の格ということです。大会の格を考える上で、どうしても指摘しておきたい点があります。
まず、正式名称はしっかりとしてほしいです。何とか選手権では、何の大会かわかりません。
出場する学生は休むためその名称を学校に報告するかもしれません。指導要録に記載されるかもしれません。
例えば他競技を参考にして「2012年度全日本チェス選手権大会女子の部」みたいに、
すべての大会名称に「チェス」を入れてほしいのですが、いかがでしょうか。
<あこがれの大会にするという意識>
名称問題はまだ瑣末かもしれませんが、一番訴えたい点は、
チェス・プレーヤーあこがれの大会にするという意識です。この大会を見た限り、
そのような意識を少しも感じませんでした。
全国大会に、トップ・プレーヤーたちは本当に出場したいと思っているのでしょうか。
地方から大金をかけて出てきた選手が、やっぱり全国は素晴らしいと思っているのでしょうか。
海外プレーヤーを招聘したいと本気で考えているのでしょうか。
開会式、表彰式も立派にやりたい。確かにそのような大会にするのは難しいです。しかし、
それにチャレンジしていく(熱意でなく)意識が大切ではないでしょうか。
JCAは大会の格を重んじ、ファンにとってあこがれの大会となるよう
改善すべきあり、さもなければ、そのうち誰もJCA大会に来なくなるという危機感を持つべきです。
<プレーヤー側の責任>
チェス・プレーヤーあこがれの大会にする、これにはプレーヤー側の責任もあります。
不条理にがまんせず、もっと意見を出さなくてはいけません。
バイ(事前申告の休み)も、止むを得ない事情なのでしょうが、ペアリングに悪影響がありますし、
不公平感の元です。(今回ペアリングが変だった理由のひとつ。日本代表を決めるレベルならバイ無しが望ましいです。
函館ルール
参照)
無断欠席は論外として、予告バイもできるだけ避けるべきでしょう。
また、プレーヤー側も恩恵を受けるだけでなく、ときには運営側にまわり、
ボランティア活動をすることも求められていると思いますが、いかがでしょうか。
JCAのチェス大会はそれがないと決して改善されません。
<あとがき>
このような指摘に反論があることは理解できます。ぜひご意見を
お寄せください
。
どのような意見、立場であっても日本チェス界を良くしたいという方なら、私は仲間だと思っています。
審判裁定 = 審判が試合途中で結果を決め、ラウンドを進行させる。避けるべき最悪のケース。
タイブレーク = 同点の順位を決める基準。
今回のタイブレーク
は欧米ではメジャーなもの。
函館ルール = ラウンド数の30%以上のバイがあれば入賞できない、
というローカル・ルール